競泳用水着の闘い ミズノの誤算
日本水泳連盟は10日、東京都内で常務理事会を開き、8月の北京五輪で競泳日本代表選手が、SPEEDO社製水着LZR RACERを含め着用水着を自由に決められることを正式に決定した。
ミズノもその後、北島選手などの契約選手に他社の水着着用を認めた。
水連はこれまで、選手が五輪や世界選手権等主要大会で着用できる水着を、サプライヤー契約(2017年までの12年契約)を結ぶ国内メーカーのミズノ、デサント、アシックスの3社製品に限定していた。
しかし2月のLZR RACER発表以降、世界中で多くの着用選手が軒並みベストタイムを短縮するなど、これまでの常識を覆す性能の高さを示した。(今回の北島選手を含め、2月以降の世界記録19のうち、LZR RACER着用は18)
2008/5/17 競泳用水着の闘い
水連はミズノ、デサント、アシックスに対して水着の改良を求めていたが、5月30日、3社から改良水着の説明を受けた。
ミズノは従来と比べて2~4倍締め付ける素材を使った。東レとの共同開発素材。
山本化学工業の素材は、デサントとアシックスが部分的に使用したタイプをつくった。
6月6日からのジャパン・オープンで、SPEEDO 社製も含めて代表選手が試し、着用水着の結論を出すこととなった。
ジャパン・オープンでは3日間で 17の日本新が出た。
このうちLZR RACERを着用した選手が16個をマーク。男子200m平泳ぎで北島康介選手がLZR RACERを着用して 2分7秒51の世界新記録をマークした。
LZR RACER以外の日本記録は古賀淳也選手がミズノ社製の従来品で男子50メートル背泳ぎ予選で達成した1個のみ。
(但し、同決勝ではLZR RACERを着用した宮下純一選手がこれを上回る記録を出した)
この結果を受け、日本水連は8日、日本代表が北京五輪で着用する水着について、英SPEEDO 社を含むすべてのメーカーの製品を選べるようにする方針を決めた。ミズノ、デサント、アシックスの国内3社からも同意を得た。
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ミズノにとって大きな誤算となった。
同社は1965年にSPEEDO社とライセンス契約を結び、日本における同社ブランド製品の製造・販売のみならず、同ブランドグループ全体における最先端技術の開発の役割も担ってきた。
2000年のシドニー五輪ではミズノがSPEEDO社の協力を得て完成させたサメ肌水着 SPEEDO Fastskin を、出場選手1,677人の6割にあたる1,006人(138カ国)が着用、メダルは、151個のうちの100個を獲得した。
採用した素材は東レと共同開発の「アクアブレード」で、表面にサメ肌状の微小な凹凸が刻まれた。
しかし2006年、ミズノは創業100周年を機に、「全商品のブランドを“MIZUNO”に統一する」方針を決定した。
これに基づき、まだ期間が残っていたライセンス契約を、2007年5月31日付で打ち切った。
同社の決算では特別損失に「ライセンス契約解除に伴う費用」としてこのライセンス契約の早期解除に伴う諸費用が計上されている。
2007/3月期に 327百万円が計上されたが、2008/3月期にも更に 252百万円が計上されている。合計では579百万円にもなる。
ミズノの契約解除に伴い、三井物産がSPEEDO社とのライセンス契約を締結し、主要商品カテゴリーの開発・製造・販売を担当するパートナーとして、ゴールドウインとサブライセンス契約を結んだ。2008年春夏シーズンから日本での製品販売を開始した。
ゴールドウインは1951年に富山県西部の小矢部市で、津沢莫大小(メリヤス)製造所としてスタート、翌年、「今日のスポーツ産業の隆盛を先取りし」、一般メリヤスメーカーから、スポーツウエア専業メーカーへと転身、1963年にゴールドウインと改称した。
北島康介選手は2004年1月、ミズノとの間でSPEEDOブランドのアドバイザリー契約を結んだ。SPEEDOのスポーツウエア、水着、ゴーグル、タオル、スイミングキャップ等を使用するほか、ミズノ商品開発へのアドバイス、JOC契約に基づく肖像権の使用及びイベントへの参加なども含まれている。
当初は2004年の1年間であったが、延長して、2005年~2008年の長期契約としている。
ミズノのSPEEDO社との契約打ち切りに伴い、SPEEDOブランドの水着を使っていた北島康介選手らの契約は、ミズノに引き継がれた。
このため、日本水連がすべてのメーカーの製品を選べるようにする方針を決めても、北島選手は契約上、ミズノの水着しか使用できないこととなる。(ジャパン・オープンではミズノは、テストとして、LZR RACER着用を認めた。)
ミズノは当初、自社水着の改良と選手の忠誠心に期待を寄せていたが、水連決定を受け、他の水着の着用を認めた。違約金の発生もないと明言した。
北島選手はそもそもSPEEDOブランドのアドバイザリー契約をミズノと締結しており、ミズノのSPEEDO 離脱時になんらかの条件を付けておれば問題にならずに済んだかも分からない。(当然契約は修正している筈だが、内容は分からない)
また、契約時には想定外であったLZR RACER 出現ということで、北島選手がLZR RACER を着用しても、「法的には」契約違反にならないかも分からない。
いずれにせよ、仮に、ミズノが契約を盾に着用を認めなかったり、違約金を取ったりすれば、同社に対する批判が強まり、同社にとって大きなマイナスとなる。
本年2月に発表された LZR RACER は3年あまりをかけて開発されたといわれており、2006年末のミズノによる契約打ち切り発表時には、当然 LZR RACER の開発の情報は入っていたと思われる。
それなのにミズノが違約金を払ってまで中途解約したのには、ミズノ側に、これが国際水連に認められないとの判断があったのではないかと噂されている。
国際水泳連盟には「競技中に速さや浮力、持久力の向上につながる道具を身につけてはいけない」という規則があり、LZR RACER はこれに抵触する可能性がある。
しかしLZR RACER は問題にならず、許可された。(山本化学の材料を使用したニュージーランド製水着も同様)
浮力に関する明確な数値規定はなく、国際水連役員の裁量で決まる。
当然政治力も影響する。これまでも五輪では日本選手に不利なルール改正が何度も行なわれてきた。もし、LZR RACER をミズノが出しておれば、許可されなかったことも考えられる。
ミズノは本年4月、表面にジェル加工を施すことで水になじむ親水素材を開発し、さらなる低抵抗を追求した新水着「WATER GENE」を発表した。
従来は生地が水をはじく撥水加工により低抵抗を追求したが、全く発想を変え、『水との融合による低抵抗』を素材の開発コンセプトとし、カジキ(marlin) をヒントに低抵抗素材 Marlin Compを開発した。
Marlin Comp HD(高密度素材)はポリエステル70%、ポリウレタン 30%、同HS(高ストレッチ素材)はポリエステル 80%、ポリウレタン 20%となっている。
しかし、結果はLZR RACERに全く敵わなかった。
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山本化学工業の素材は、デサントとアシックスの水着に部分的に使用された。
山本化学は、アシックスとデサントの2社に意見や提案を聞いてもらえない、素材を全身に使用した水着(ニュージーランド製)を試してほしいが、どの選手が試着を希望しているか情報がもらえないとの不満を表明している。
同社の水着が全く試されないまま、LZR RACER に決まってしまうのは残念な気がする。
付記 北島選手は11日、ホームページで、北京でのLZR RACER 着用を明らかにした。
今回の水着問題は水泳界だけではなく、報道を通じて、全国的な注目を集めていますが、今日、僕なりの答えをだしました。
北京オリンピックではspeedoの水着を着用しようと思います。 (中略)先日の記録更新という結果を冷静に受け止め、応援してくださる皆さんに、最高のパフォーマンスを見ていただくために、現段階での最善の選択をしたいと思います。 (中略)
水着は、もちろん競泳にとって、勝負に関わる大切なものであることには違いありません。
でも、泳ぐのはやはり選手です。
とにかく北京では、世界の代表選手たちと勝負して、結果を出したいと思っています。
そしてその経験で、今後のミズノの水着開発に少しでも役立ちたいと思っています。 (後略)
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各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。
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