信越化学の移転価格課税
信越化学は2月1日、米国子会社シンテック社からの収益(2002年3月期から2006年3月期までの5事業年度)に関して、東京国税局より移転価格課税に基づく更正通知書を受領したと発表した。
更正通知による国外移転所得金額は約233億円で、追徴税額は法人税、事業税及び住民税(本税及び付帯税を含む)で合計約110億円と試算され。これに対し、同社はこの更正処分を不服とし、異議申し立てを行なう予定。
発表では理由は明らかにされていないが、報道では、信越化学はシンテックから売上高に応じて算定した技術料を受け取っているが、国税局からは「信越化学が提供した技術でシンテックは高収益を得ているのに、見合うだけの対価を受け取っていない」と指摘されたという。
技術料の支払いは、子会社が操業を始めた1970年代から続けている。
同社では、「他社からもシンテックと同じ算定率で技術料を受け取っていた実績があり、割安ではない。この技術だけでシンテックが高収益を上げたとは言えず、国税当局の指摘は不当だ」と話している。
発表では以下の通り述べている。
現在同社(シンテック)は、塩化ビニル樹脂事業で世界一の高収益会社となっておりますが、その源泉は、この同社における一日も欠かすことのない経営努力の積み重ねによるものです。
当社としましては、シンテック社との取引条件は公正であり、また当社およびシンテック社はこれまで各国の税制にしたがい適正な納税を行なってきたと考えております。したがいまして、今回このような更正処分を受けるに至ったことは誠に遺憾であり、到底承服できるものではありません。
移転価格税制に関しては以下を参照。
2006/6/29 武田薬品、移転価格税制に基づく更正
移転価格税制では親子会社間の取引が独立企業間価格と異なる場合は、独立企業間価格に合わせ再計算される。
まず、「伝統的な取引基準法」で検討され、それが適用できない場合には「その他の方法」で検討する。① 伝統的な取引基準法
・独立価格比準法(CUP法)
同種製品の独立企業間(日本→米国)の取引価格を検討
(比較可能性の高い取引の選定が困難)・再販売価格基準法(RP法)
米国の比較可能な同業の財務データに基づいて販売会社がどの程度の売上利益率を計上しているかを検討
(取扱製品の類似性が厳格に要求され、比較可能な同業の財務データの取得は困難)・原価基準法(CP法)
日本の比較可能な同業の財務データに基づいて製造原価に対してどの程度利益の上乗せをしているかを検討
(比較可能な同業の売上総利益データの取得は困難)
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シンテックは信越化学の技術で工場を建設し、操業しており、能力はテキサス州の工場が1,450千トン、ルイジアナ州の工場が590千トン、合計約200万トンと大きい。
シンテックは増収増益で、今回の移転価格課税の対象期間の2001年12月期から2005年12月期の5年間の経常損益≒税引前損益の累計は1,301億円となっている。(売上高累計は8,645億円) 〔資料:信越化学決算説明資料〕
今回の追徴課税233億円は売上高に対して2.7%に相当し(追加分のため合計ではもっと多い)、PVCの技術料としては異常に高いといえる。信越化学が求償している技術料に加えて、その期間の税引前利益の18%を取ろうとするものである。
生産技術は、単に原料VCMを重合して汎用のPVCにするだけであり、PPなどと違って高機能の特殊品もない。
製法については、最近では各社であまり大きな差異はない。
以前は毎日の生産終了後に人が重合器内に入り、壁に付着したスケール(PVCの重合物)を手作業、あるいは高圧洗浄機を用いて除去するため、大型の重合機の使用が難しかった。
信越化学は重合器や攪拌翼にあらかじめ塗布するスケール防止剤を開発し、通常の重合機が20~30m3であったのに対し130m3の重合機を開発し、生産性を一挙に高めたが、それは1970年代であり、今では各社の技術の差は少ない。
通常の技術供与では、余り多額でない一時金を取れる程度で、長期間の高率のランニングロイヤリティは考えにくい。
上記の「伝統的な取引基準法」で「独立価格比準法(CUP法)」を使えば、今回の追徴課税はあり得ない。
他方、信越化学の有価証券報告書では以下の記載がある。
塩化ビニルに関する研究は塩ビ・高分子材料研究所で行なっております。同研究所は、米国、欧州にも展開する塩化ビニル事業での世界の研究センターとしての役割を担っております。
この費用の負担と考えると、「原価基準法(CP法)」で研究費に一定の利益を加算して求償することとなる。
しかし、研究費の金額はせいぜい年間 5~10億円であると思われ(仮に30人としても労務費は3億程度)、多額の追徴はあり得ない。
仮に年間5億円として、15%の利益(仮定)を加え、数量比で分担を決めると、
5.75 x 2,040/3,240=3.6億円で、
5年間では18億円に過ぎない。
そもそも、国税局からは「信越化学が提供した技術でシンテックは高収益を得ているのに、見合うだけの対価を受け取っていない」と指摘されたというが、シンテックの高収益が信越が提供した技術のためであるという認識に間違いがある。
もしそうなら、日本の信越化学は他の塩ビメーカーよりも高収益であるはずだが、決してそうではない。
シンテックの高収益の理由は、一つは原料のVCM(塩素とエチレンから製造)をクロルアルカリとエチレンのトップメーカーのダウから供給を受けていることで、塩ビの損益が悪化したときには、損失を一部ダウが負担するという契約条項もあるといわれている。
もう一つが常にフル操業をするという経営方式である。
2008年1月30日の週間ダイヤモンドに信越化学の金川社長(シンテックの社長兼務)の下記発言の記載がある。
世界全体の需要は強い。世界中の需要が強いところにどんどん売っていくことで、塩ビ工場の稼働率は100%を維持しています。今の米国メーカーの塩ビ工場の稼働率は76~78%。装置産業で76対100というのは致命的、決定的です。決して楽ではないですが、ちゃんとした経営をしていれば結果が出る。
(米国の他のメーカーには)輸出のための袋詰めの設備がないんですよ。うちは10年ぐらい前に、当時の輸出量の5倍ぐらいまで対応できる大きな袋詰め設備を造った。多少の投資はしたけれども、そんなものは1年くらいで回収しちゃった。同業他社が持っていない設備があることで、米国国内販売と輸出が機動的に実施できます。
---今、全世界では(塩ビが)足りないから、結構いい手取り(利益)なんです。
注)米国では塩ビやPE、PPのメーカーからの出荷は基本的に貨車で行なわれる。
各メーカーは数千の80トン貨車を保有(or リース)し、各需要家に出荷する。
小規模需要家にはコンパウンダーがメーカーから購入した上で小分けして販売する。
従って、レジンメーカーには袋詰め設備がないのが普通。
今回のように国内需要が減少し輸出しようとしても、コンパウンダーの袋詰能力不足で輸出できない状態にある。
米国の塩ビのコストは日本と比べてはるかに安く(エチレンはエタンが原料、塩素原料の塩は地下の岩塩層に蒸気を吹き込んで回収、グレード数は少なく、前月に注文を受け付け大量生産するなど、日本と大きく異なる)、輸出は好採算である。
この結果、サブプライムローン問題で他社の収益が激減しているのに対して、シンテックは減益幅は小さい。
信越化学はこの更正処分に対して異議申し立てを行なう予定で、業績予想の見直しは行なっていない。
* 総合目次、項目別目次は
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htm にあります。
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