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2006年10月28日 (土)

出光興産上場

出光興産が10月24日、東京証券取引所第一部市場に上場した。
募集株式数は国内が7,400千株、海外が4,120千株の合計11,521千株。ほかに公募の数量を超える需要があった場合に主幹事証券会社が対象企業の株主等から一時的に株券を借りて追加的に販売するオーバーアロットメントが1,157千株がある。

 

公募・売り出し価格9,500円を約11%上回る10,500円で初値を付け、終値は10,770円、終値べースの時価総額は4,183億円となった。
時価総額は元売り大手6社の中では昭和シェル石油に続き5番目で、首位の新日本石油(約1兆3千億円)とは大きな差がある。

公募・売り出し価格1株 9,500円のうち、4,513円を資本金に、4,512円を資本準備金とする。
上場後も創業家の出光家が大株主にとどまるが、持ち株比率は31%から約20%に下がる。

同社では上場によって調達した1,000億円超の資金を合わせ、2009年3月期まで2,500億円を戦略分野に重点を置いて投資する。
今後の事業戦略について、同社は以下の通り述べている。
「国内の石油製品需要は減少傾向にあり、事業成長には限界があります。成長を確保する為には、事業ポートフォリオの改善が必要であり、基盤事業は、国内での効率化を追求し、競争力を強化する一方で、海外において技術・ノウハウを活用した事業展開を行い、資源事業は石油・石炭などの採算性の高いエネルギー資源事業の中長期的拡大を図り、潤滑油・機能性樹脂・電子材料などの高付加価値事業は技術力による差別化で積極的に拡大してまいります。これらの戦略を着実に実行し、バランスの取れた事業ポートフォリオの構築と持続的成長を目指してまいります。」

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同社は1911年に、出光佐三氏が北九州市に出光商会として創業、1940年に出光興産となった。

1951年にイランが石油を国有化し、これに対しメジャーは日本などの消費国にイランと取引をしないよう圧力をかけた。
出光は1953年に日章丸二世(1万9千重量トン)でアバダンよりガソリンと軽油を輸入した。産油国との直接取引の先駆けを成すものであった。
BPの前身、アングロイラニアンは積荷の所有権を主張し、東京地裁に提訴したが、出光が勝訴した。)

1957年に徳山製油所を竣工、石油精製に進出、1963年に千葉製油所を建設した。
1964年に出光石油化学を設立、徳山工場を建設した。

1963年には石油業法による「生産調整」に反対し、石油連盟を脱退している。
1966年末で石油の生産調整は表向き廃止されることになり、同年10月、石油連盟に復帰した)

同社はその後拡大を続けたが、1990年代には資本金10億円に対し、連結有利子負債が2兆円を超え、経営危機が深刻化した。
このため、同社は財務内容改善を目指し、1998年度を初年度とする5ヵ年の中期経営計画を策定、借入金の大幅な削減と自己資本の充実を図ることを決めた。

20005第三者割当により配当優先株式290万株の発行を決め、資本金を10億円から300億円へ増資した。
東海銀行、住友銀行、住友信託銀行、東京海上火災保険、住友生命の各社に割り当てた。
その後も金融機関を引受先として議決権のない優先株を発行し、資本金を388億円とした。また、今後、第三者割当による普通株式発行、株式上場も検討することとした。

2002年に就任した天坊昭彦社長は記者会見で、以下の通り述べている。
2006年の株式上場を目指すなかで「プライベートカンパニー」から「パブリックカンパニー」への方針転換を果たすことが自分の役割だと考えている。
   
これまで出光の経営は金融機関からの借り入れに依存しており、これが一種の「盾」になってくれた。しかし、金融機関の体質も徐々に変化しており、出光としても大きな変革が求められるということだ。
   
出光石油化学は規模も大きく、これまで出光興産とは「兄弟会社」として、それぞれ独自に運営してきた傾向があった。しかし、日本の石化業界は厳しい国際競争のなかを一人で勝ち抜いていくのは難しく、コンビナート同士の戦い、競争力の問題になってくる。これからは連結経営強化の一環として100%こちらの歩調に合わせてもらう。
   

また、出光石油化学の厩橋社長も、精製石化一体化による優位性を次のように述べた。
「今後、中国にメジャーが進出し、中東ではエタンベースのエチレン設備が本格化するが、当社は原料では負けない。たとえば中東ではプロピレンが生産されないが、出光グループには精製のFCC
流動接触分解プロピレンがある。一方で、石油製品も需要構造の変化が予測され、石化原料となる留分の価値が見直される可能性もある。出光グループは石油と石化の両方の変化に対応できる」

2005年10月、同社は金融機関や系列販売店を引受先とし、512億円の第三者割当増資(679社向け)と228億円の自己株売り出し(3社向け)を実施した。
同時に従来の資本金388億円のうち、優先株の有償消却で387億円の減資を実施した。
新資本金は513億円、自己資本増加額は353億円となる。

                     (資本金) (自己資本増減)
当初 普通株式 20,000千株    1,000百万円  
優先株式  3,780千株   37,800百万円
       
減資 優先株式 3,780千株  -38,661百万円  -38,661百万円
増資 普通株式 7,321千株   51,250百万円   51,250百万円
売却 普通株式(3,256千株)     22,789百万円
       
合計 普通株式 27,321千株   51,388百万円   35,378百万円

 

出光興産は2004年8月1日に出光石油化学を吸収合併した。

2005年4月1日に三井化学と出光興産は両社のポリオレフィン事業を統合してプライムポリマーを設立した。
三井化学 65%、出光興産 35%の出資で、実質的には出光が旧出光石油化学のポリオレフィン事業を三井化学に譲渡したこととなる。
2005年8月の
出光興産4半期報では「ポリオレフィン事業での合弁会社設立に伴う営業譲渡益を含め特別損益47億円」としている。


 

 

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