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2006年4月22日 (土)

スチレンモノマー業界

日本の石油化学産業の構造改善(選択と集中時代)で触れなかった品目を順次取り上げたい。

スチレンモノマーのメーカー別能力推移は添付の通り。http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/sm.htm

SM業界は1985年1月に産構法の業種指定を受けたが、設備処理は各社が自主的に進めた。
住友化学が千葉工場、三井東圧化学が大阪工場を停止した。

ポスト産構法時代前期には三菱油化が手直し増設で鹿島で205千トン、四日市で271千トンの能力をもち、輸出価格の高騰で莫大な利益を上げた。(2年間で500億円といわれた。これを利用して時価発行増資を行い、エチレンを増設したのが、結果として同社の足を引っ張った。)

これをみて,各社が増設をおこなった。

出光石油化学は92年春に徳山で200千トン設備を新設した。
(同社は1969年に日本ゼオンとのJVの徳山スチレンモノマーを設立したが、1981年に千葉に工場を新設した際に休止している)

電気化学は1983年に千葉に160千トンのSMプラントを稼動させているが、92年に電気化学60%/住友化学40%の千葉スチレンモノマーを設立し、電化構内で94年5月から250千トンプラントをスタートさせた。現在、両プラントを合わせると能力は510千トンで、単一工場として日本最大である。

三井東圧化学は大阪工場を停止したが、宇部興産による宇部エチレンセンター構想に乗り、先行して宇部の西沖の山埋立地にSMプラントを建設、1994年に250千トンプラントが稼動した。
三井東圧、宇部興産、鐘淵化学3社の共同生産(最終的にはJVを目指した)で、引取り比率で固定費を負担する形をとり、比率は三井が70%、宇部が15%、鐘化が15%であった。

しかし、エチレンセンター構想が取り止めとなり、輸送コストなどにより競争力が低下したこともあり、共同事業を解消することで合意、2000年3月に鐘化が償却費持ち分を負担して離脱した。

新日鐵化学は1982年に新日鐵大分に150千トンのSMプラントを稼動させたが、1988年に新大協和石油(1990年に東ソーが吸収)とのJV(新日鐵化学65%)の日本スチレンモノマーを設立し、1990年大分で200千トンプラントを稼動させた。
1992年に昭和電工が参加したが、同社は94年にPS事業を旭化成に譲渡し、SM事業からも撤退した。

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東ソーのSM事業は1971年に新大協和石化、大日本インキ化学、協和発酵、日立化成が設立した中部ケミカルで80千トンプラントを建設したのに始まり、中部ケミカルの新大協和石化への吸収、90年の新大協和石化の東ソーへの吸収合併で東ソー事業となった。
自社で誘導品を持たない唯一のメーカーで、大日本インキ化学のPS向けに供給していた。

日本オキシランは1972年に住友化学/昭和電工/ハルコン/ARCO(現在のライオンデル)が設立したJVで1975年にPO/SM 併産設備が完成した。(1980年にハルコン持分がARCOに譲渡され、ARCO 50%)
採算悪化から1982年には製造部門を分離してスミアルコを設立(住化 50%/ARCO 50%)したが、1987に日本オキシランがスミアルコを吸収、住化 44.76%/昭電 5.24%/ARCO 50%となった。(2002
6月に住化 50%/Lyondell 50%)

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日本のSM事業は輸出比率が約4割で、中国の需要に左右された。
また原料のベンゼンがアップしても売価に転嫁できないことが多く、損益は大きく変動した。
1997年からのアジアの経済危機時には販売は激減し、操業度を落とした。

東ソーは、市況が大幅に下落するなかで事業収益改善の可能性が極めて困難であると判断、1998年9月末で四日市のSMプラントの操業を停止した。日本スチレンモノマー(東ソー出資比率35%、年間引き取り量約8万トン)での事業は継続する。

三菱化学は石化事業の最大の赤字のPS,SM事業の立て直し対策としてPSでは1998年10月にA&Mスチレンを設立して旭化成と事業統合したが、SMについては1999年秋に四日市のベンゼン2系列年22万トン、EB同29万トン、SM2系列同27万トン(うち1系列9万トンは休止中)をスクラップ、鹿島では約20億円を投資してEBを16万トン増強して計43万トンヘ、SMは手直しで6万トン増の39万トンに増強した。
(2001年1月に四日市のエチレンを休止)
1999年3月の日経に「三菱化学と旭化成工業は2000年4月をメドにスチレンモノマーの生産・販売を一体化する」との記事が出た。前年のPSに続いてSMも、との記事である。しかし、検討は行った模様だが実現はしなかった。

三井化学は2001年12月に山口スチレン工場の生産中止を検討していることを明らかにした。しかし、2002年秋の定期修理を実施、稼動継続を決めた。

同社は2004年1月、山口スチレン工場でのスチレンモノマー(SM)事業を太陽石油に譲渡した。
太陽石油は主力の四国事業所(愛媛県菊間町)で原料ベンゼンを生産しており、高付加価値のスチレンモノマーへの進出で収益力を高めるためSM事業に進出した。
太陽石油 70.1%、三井化学 9.9%、三井物産 20.0% で
太陽石油化学を設立して運営に当たる。

住友化学はこれまで日本オキシランのSMを受託販売していたが、PO事業を石油化学部門のなかでコア事業の1つに位置づけ、2003年3月に日本オキシランの出資比率を60%に引き上げ、SM販売については日本オキシランに移管した。

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他方、旭化成はSM事業を拡大している。2001年9月、同社は水島の2系列のうち、B地区の150千トンを休止し、C地区に既存の300千トンの横に330千トンを新設し、630千トンとすると発表した。能力増分は自家消費の増加分および中国での米国ダウケミカル社とのJV・スタイロン(張家港)のPS(能力120千トン)用などに充てるとした。
同社は2003年に150千トン設備の廃棄を見送り、2004年春の新プラント商業生産開始で、総能力を780千トン(METI数値は751千トン)とした。

 

Smjuyo SMの2005年の需要は内需 1,944千トンに対して輸出が1,577千トンもあり、輸出が45%をも占める。
PSが日本のレジンのなかで唯一、過剰設備の処理を進め、ほぼ国内需要相当量まで能力を落とし得たのは、(一時的には輸出不振で減産も強いられたが)SMの輸出が可能であったためである。Smchina
しかし、PSの需要が減少を続けており、増加の見込みはないなかで、METIの「世界の石油化学製品需給動向」(2006年3月)によるとメインの中国では能力の急増により需要と供給のギャップが大幅に縮まる予想であり、先行きが懸念される。
 



日本企業の海外進出は3件ある。

1)出光石油化学(マレーシア)
1997年にマレーシアのPasir Gudang
PetronasとのJV、Idemitsu Styrene Monomer (M) Sdn Bhd (出光70%)を設立、200千トンの能力をもっている。
PSではPetrochemicals (Malaysia)に参加、現在は98%出資で能力140千トン)

2)トーメン(インドネシア)
Styrindo Mono Indonesia を設立トーメン 75%、出光興産 5%、ビマンタラ 10%、サリム 5%)メラクで1992年に100千トンでスタート、現在400千トン。

3)三菱化学(シンガポール)
三菱化学は当初、シェルとのPO/SMのJV Seraya Chemicals に30%の出資をしたが、シェルが2期計画でBASFとのJV Ellba Eastern を設立したのに伴い、持ち分とPO引取り権をシェルに譲渡し、その代金を1期、2期のSM 380千トン分の建設費相当分として預託し、引取り権を得た。
SMはタイの100%子会社のHMTポリスチレン(90千トン)や台湾奇美実業などに供給している。

付記 
三菱化学は2006年5月11日、シンガポールの100%子会社である油化セラヤにおいて、シェルからのスチレンモノマー(SM)引取権を解消する方針を固めたことを明らかにした。原料価格高騰を受けスプレッドが悪化。将来的にも収益改善が見込めないと判断した。

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