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2006年4月19日 (水)

ポリプロピレン技術導入競争

ドイツのDr. Ziegler は低圧下でもポリエチレンを重合できる触媒(Ziegler触媒)を発明したが、プロピレンを重合するとアタクチックポリマーしか出来ず、実用に供しなかった。
1954年にイタリアのナッタがチーグラー型触媒に三塩化チタンを第二成分に加えた触媒(チーグラー・ナッタ触媒)を使ってプロピレンを重合し、アイソタクティツク・ポリマーをつくるのに成功した。
(当時の三井化学がZieglerからHDPEの技術を導入する際に、契約の対象技術を「ポリオレフィン」とするよう要請したが、その時点で既にPPに成功していたため、Zieglerはこれを拒否した)

1957年にモンテカティーニ(その後、MontecatiniとEdisonが合併し、Montedisonとなる)がこの技術でPPを企業化した。

当時はレジンよりも「夢の繊維」ができるということで、技術導入のための「モンテ詣で」が行われた。日本からも技術導入に殺到した。
繊維原料として、石化メーカーと繊維メーカーが共同で交渉に当たっている。

米国では1957年にHercules がPPを企業化した。
同社のその後:
1983 MontedisonとHerculesが50/50のJVのHimontを設立(1987 Montedison 100%)
1995 Himont(PE・PP)とShell(PP)が50/50JVのMontellを設立(1997 Shell 100%)
2000 MontellがPEメーカーのElennac(BASF/Shell)及びPPメーカーのTargor(BASF100%:元BASF/Hoechst)と統合、Basell (Shell/BASF)となる。
2005 BASFとShell がBasell をAccess Industriesに売却
(変遷図 http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/basell.htm )

日本勢では1958年2月に三井化学日産化学が仮契約したが、MITIが時期尚早として承認しなかった。
なお、日産化学はその後、技術料100万ドルの負担が困難
で断念した。

19597月には東亜燃料がオプション契約を結んだが、モンテは東燃にはMITIのバックアップがないとみて、期間延長を認めず失効した。

1960年初めには三井化学と東洋レーヨン三菱油化と三菱レイヨンがそれぞれモンテと仮契約を結び、政府に申請を行った。

この時点で両グループにとってショッキングな2つの出来事が発生した。

1)1960年に米国アヴィサンAvisun Companyが、触媒としてモンテのプロセスと同様の二成分+全く異なる第三成分(エチレングリコール・ジメチルエーテル)を併せて使う技術を開発、新日本窒素が技術導入契約を締結して政府に申請した。
(Avisun は後にAmocoが買収した)

2)徳山曹達が自社技術を開発した。
同社は既に1955年から金属チタンを製造する目的で四塩化チタン製造のパイロットプラントを運転し、この過程で生成する物質とプロピレンを接触させると白い固形物ができることをつかんでいた。
1957に三塩化チタン、ナトリウム、水素、ジシクロペンタジェニール・チタニウム・クロライド系の触媒でプロピレンの重合に成功、1958年には1トン/日の中間プラントを建設した。
(同社は1961年には2千トン/年プラントを建設し企業化を発表したが、運転が順調にいかず、1964年1月に停止した。)

19606月、通産省は三井グループと三菱グループとが別々に交渉したため高い対価を要求されたとし、両グループ共同で交渉して対価等の条件変更をするよう指示を出した。
その後、両グループ共同で交渉の結果、11月に契約調印を行った。

1960年11月に本件は外貨審議会で承認されたが、認可と同時に政府の処理方針が発表された。
1)モンテからの技術導入は、今後数年間の需給バランス等を考慮して、あと1社認可する。
2)アヴィサンの技術も、要件が整い次第、認可する。

これにより1961年1月に住友化学と東洋紡のモンテからの技術導入、新日窒のアヴィサンからの技術導入申請が認可された。

なお、「夢の繊維」としては染色性の問題が解決できず、各社断念した。

3グループの導入後、数社がモンテにアプローチしたが、モンテは3社以外とは契約しないとして拒否し、1968年まで4社体制が続いた。

参考資料:
大熊誠 (元 三菱油化)「モンテ詣り 化学工業における一法学士の仕事の軌跡」(化学経済研究所)
「徳山曹達70年史」

 

その後、PPの需要が増え、30万トンエチレン建設に当たり、プロピレンの消費に最適となり、各社が進出した。

1968/4 三井石油化学 自社技術
(当初 Eastman Kodak 技術導入、
自社技術完成で解約)
1969/3 宇部興産 Rexall/El Paso技術
1969/4 日本オレフィン(昭電) Eastman Kodak 技術
1970/4 徳山曹達 Gulf (Spencer Chemical)触媒技術
+自社ノウハウ
1974/9 東燃化学 Exxon Research & Engineering 技術
1977/4 出光石油化学 住友化学技術
1979/6 三菱化成 自社技術

モンテはアヴィサン技術は特許侵害であるとして新日本窒素に対して製造禁止の訴えを出したが、モンテ側の敗訴に終わった。
この結果、各社はモンテ触媒をベースとしながらも、これに抵触しない触媒の開発に注力した。
三井石油化学は一度はEastman Kodak 技術を導入したが、自社技術が完成したため了解を得て解約、自社技術で建設した。

徳山曹達は当初の自社技術開発は触媒がうまくいかず失敗したが、Gulf Oil から触媒技術(Spencer Chemical が開発したもので、その後Gulfがこの会社を吸収合併した)のみライセンスを受け、自社ノウハウで製造を開始した。

PP技術については、いろいろの特許係争があった。次回にこれに触れる。

 

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